トークセミナー「大阪市立大学の建築を語る」— 建築公開イベント「イケフェス大阪」の一環として —
と き:平成28年11月4日(金)
ところ:田中記念館ホール
11月4日の18時半から20時にかけて、田中記念館ホールでトークセミナー「大阪市立大学の建築を語る」が開催された。大阪商科大学のキャンパスとして整備された杉本キャンパスには1934年に完成し、登録有形文化財に登録されている1号館をはじめ、旧図書館、2号館、体育館など、昭和戦前に建てられた学舎が今も現役で使われている。この事実自体は、改めて言うまでもないことかもしれない。しかし、そこからの意味の広がりについて、異なる専攻の知見を総合できるような機会はこれまで乏しかった。
戦後、本学は複数の大学が合併した総合大学として歩み始めた。現在では日本最大の公立大学である。通常であれば学生数の増加に伴って、いくつかのキャンパスに分かれてしまいがちだが、大阪市立大学は医学部を除く全学部が、今も杉本キャンパスに集約されている。真に総合的であるチャンスに恵まれていることは、本学の長所と言えるだろう。だが、距離的な近さにも関わらず、研究上の見解を学部を超えて交換するといった経験は、少なくとも本学に着任して6年目の私にとって、ほぼ皆無だった。もちろん、これは本学に限ったことではなく、大学というものが持つ一般的な傾向ではあるが。
加えて言えば、学生や関係者を除いて、人々がキャンパスを訪れる機会はあまり無い。これも大学機関で良く見られる状況だ。ただ、日本で初めての市立の大学であり、大阪に最も近しい大学であり、変革の中にある本学が、かけがえのない個性を市民に改めて認識してもらうことは、通常にも増して重要だろう。
建築は、こうした隔たりを解消することにも使える。それは構築物を建設するという側面から、工学部の建築学科で扱われている。また、人間生活と密接な関係があることから、生活科学部の居住環境学科も、同じく1級建築士の受験資格が取得可能なカリキュラムを整えている。同時に、単体の耐久消費財という以上の考慮が都市的に求められるため、工学部の都市学科でも扱われる。歴史のさまざまな局面を反映するがゆえに、文学部の歴史系の中でも考究され、社会の制度の中で生み出されるものであるから、法学部の法制史とも関わりを持つ。
このように建築は、そもそも複数の専攻にまたがる存在である。同じものに対して、違った側面から意見を交換することができる。外観は誰の目にも見えるから、分かりやすい。内部は普段入れない、あるいは入りにくいものだから、立ち入ることができれば、興味を引くだろう。異なる専攻の研究者の知見を交換することで、大阪市立大学の個性をさらに明確にしたい。また、その場を体験することで、多くの市民が本学の印象をより確かなものにしてほしい。このような意図から、日本近現代の建築史を専攻する倉方がトークセミナーを企画した。
実際、得られた知見と意見交換の活発さは、予想以上のものだった。法学研究科・大学史資料室長の安竹貴彦教授は収集した資料を通して、大阪商科大学キャンパスとしての当初計画や戦後の接収から1955年に全面返還されるまでの姿を明らかにした。文学研究科の北村昌史教授は同時代のドイツの集合住宅などとの比較を通じて、世界的なモダニズムの潮流の中に建築を位置付けた。
生活科学研究科の小池志保子准教授は造形の楽しみ方を小さな部分から説明し、「裏側のデザインも良い。外構も含めて、それをどう生かしていくか」と語った。工学研究科の嘉名光市准教授は対照的に、大大阪時代の都市計画から俯瞰し、同様に未来に受け継ぐことの重要性を述べた。
各自の発表の後、倉方が司会を務め、未来につなげるキャンパスの価値へと議論が展開された。時代からも世界からも語ることができ、大小の目線から捉えられる当時の設計の確かさが発見できるなど、今後につながる成果が得られた。大阪市土木部建築課の技師として学舎を設計した伊藤正文のご令孫も聴講され、最後に感謝の言葉をいただいたことも印象に刻まれる場面だった。
会場には卒業生、学生、一般市民など、さまざまな来場者が集った。これは同日の15時半から17時に開催したキャンパスツアー「大阪市立大学の建築を見る」と併せ、建築公開イベント「イケフェス大阪」の一環として開催されたことも大きい。
「イケフェス大阪」は正式名称を「生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪」と言う。大阪の街中で普段は何気なく使われ、いつもは中に入ることができない建築が見学できる特別な機会である。初年度の一昨年は述べ1万人、第2回の昨年は延べ3万人の方々が参加した。今年は11月5日と6日を中心に開催され、76件が公開された。いわゆる建築関係者だけでなく、広く一般市民が参加するイベントであることが特徴で、昨年は参加者の過半数が女性、年齢で最も多いのが40歳代だった。こうしたプログラムの一環に組み入れることによって、中心市街地からは少し距離がある杉本キャンパスに多くの方々が足を向けてくれた。
建物の公開を通して、今まで訪れていなかった場所を訪ね、話していなかった人と話し、見たことのない資料を見られる。日本最大級の建築公開イベント「イケフェス大阪」は、そんな新しい出会いをもたらしている。2013年度から大阪市の主催で実施の検討が始まり、今年度から実行委員会が中心となって活動を展開することになった。実行委員会委員長は大阪府立大学21世紀科学研究機構特別教授の橋爪紳也であり、10名の実行委員の中の学識経験者は他に、工学研究科の嘉名光市、都市研究プラザの高岡伸一、それに倉方と、大阪市立大学の教員が中心となっている。このように成功した試みは全国初であり、今後さらに大阪の市民感情に働きかけ、日本全体へと波及する動きになると想像される。教員の一人として、大阪市民の一人として、建築という存在から大阪市立大学と大阪の未来をより明るいものにできるよう努力したい。来年度以降の開催にもご注目いただけたら幸いである。
(工学研究科 倉方俊輔)